礼拝説教

婚宴への招き

10月11日 聖霊降臨後第20主日


私は普段、牧師だと自己紹介すると、教会の服装や献金など、マナーについて尋ねられることがあります。教会に来たことのない人にとって、教会は少し不思議な場所なのでしょう。

しかし、教会には特別なマナーなどありません。どんな服装でも構いませんし、献金も強制ではありません。イエスさまは、当時の常識では受け入れられなかった人々を迎え入れられた方だからです。

だからこそ、今朝の福音書は不思議です。婚宴に相応しい礼服を着ていなかった人が、外に追い出されてしまうのです。

譬えに登場する王様は、王子の婚宴に人々を招きます。しかし、招かれた人々は誰も来ようとしません。それでも王様は婚宴を中止せず、町の隅々まで人を呼びに行かせます。善人も悪人も、すべての人を招くのです。

ところが、そこに礼服を着ていない人がいました。王様が理由を尋ねても、その人は黙っていました。

なぜでしょうか。私は、この人が礼服を持っていなかったのではなく、与えられていたのに着なかったからではないかと思うのです。すべての人を招く王様です。礼服もまた、すべての人に備えていたのではないでしょうか。

では、私たちに与えられた礼服とは何でしょうか。それは、イエス・キリストです。神さまの愛であり、十字架による赦しです。私たちは努力やお金によって手に入れるのではありません。神さまが無償で与えてくださるのです。

パウロは語ります。「主イエス・キリストを身にまといなさい」。私たちは決して完全ではありません。それでも、キリストという衣を与えられ、その恵みに包まれて生きることが許されています。

教会とは、この同じ衣を与えられた人々の群れです。誰かの衣が脱げかけていたら、そっと掛け直す。破れていたら縫ってあげる。そんな群れでありたいと思います。

今朝は礼拝後にこどもまつりが開催されます。初めて教会を訪れる方々も、神さまに招かれた大切な一人です。私たちもキリストの衣を身にまとい、与えられた恵みを分かち合ってゆきましょう。

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