礼拝説教

命の光は決して消えない

11月9日 子どもと大人の合同礼拝


今朝の礼拝は、子どもと大人が共に集う合同礼拝として行われました。子ども礼拝の式文を用いながらも、主日礼拝に劣らない豊かな礼拝であり、言葉の意味を十分に理解できなくとも、聖書を通してキリストが一人ひとりに触れてくださる恵みが確かに蒔かれていることが語られました。年齢や立場を超え、思いがけないところでイエス・キリストとの出会いが与えられることへの期待が示されています。

福音書では、復活を否定していたサドカイ派とイエスとのやり取りが取り上げられました。サドカイ派はモーセ五書を中心に信仰を形成し、神殿での犠牲奉献を重んじ、死後の復活を認めていませんでした。彼らは復活の矛盾を突くため、レビラート婚の規定を用いた問いをイエスに投げかけます。しかしイエスは、人間が死後の世界を理解し尽くすことはできないと示し、復活した者はもはや死に支配されず、神の子として生きるのだと語られました。

さらにイエスは、サドカイ派が重んじるモーセ五書を用い、神が「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」であることを指摘し、神は死者ではなく生きている者の神であると明らかにされます。また、この譬え話の中で置き去りにされていた一人の女性の苦しみにも光が当てられ、神は見過ごされ、追いやられた人々に寄り添い、希望を与える方であることが示されました。愛する者の死を経験する私たちに、キリストにあって死を越えて続く希望が与えられていることが、深い慰めとして語られています。

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